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23Nov
2019

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26Nov
2016

栗原地区ワークショップに参加してきました

Posted by ゆぎ in 竹中氏関連

こんにちは.
今日は垂井町栗原地区のワークショップに参加してきました.
合原公民館集合で,黄金(こがね)塚→冠石・長束正家陣跡→連理の榊・長宗我部盛親陣跡・竹中半兵衛閑居地→栗原九十九坊跡→清水寺跡→八幡神社の順で巡りました.
元の予定ではそれ以外に通玄寺,常夜灯もありましたが,時間の都合で素通りです.
ここで全ての内容を書くのも面倒ですし,あまり良くないような気もするので,自分の気になっていたことや,備忘録として書いておこうというものだけ以下で記述します.
なお,いつもの通りうろ覚えなので,内容の正確さは保証できません.


まずは冠石について.
昨年末の垂井町陣跡巡りで長束正家陣跡に訪れて以来,同じ場所にある「冠石」の存在が気になっていました.
なんせ「冠石」という看板はあるのですが,側に小さな祠があるだけで,冠石自体の説明書きがなく,その冠石がどれなのかさえ分からない状態なのです.
ですので,今日のワークショップは8割方冠石目当てでした.
先に冠石がどれなのかというと,

この祠の下(土台)の石が冠石なのだそうです.
今日は案内の方が祠を開けて中の棟札を見せてくださいました.
お話を聞くと,元正天皇の頃に御座所の天辺に置かれた石なのだとか.
戦国時代の一部以外はサッパリな私は右から左へ状態でしたが,大まかには把握できたので収穫となりました.
できれば今後予算が出た時に説明看板を作ってくださると嬉しいですね.


その冠石のある場所と長束正家陣跡は同一で,陣跡についての説明や案内人さんの考えも話してくださいました.
今でこそ道も整備され,陣跡から大垣方向に開けた土地は水田が多くなっていますが,昔は「子どもが行くと狐にさらわれるから行ってはいけない」という森?というか湿地?だったそうです.
関ケ原合戦時,垂井町栗原から養老町沢田あたりは浅瀬のような環境だったようで,それを勘案すると,雨の降る夜に大軍を動かすのはハイリスクであったとのこと.
小説等で言われる進行経路には疑問を感じているそうです.
ただ,当時は高い木々もなく,大垣方面の視界は非常に開け,大垣を決戦地と想定した場合には適所なんだとか.
長宗我部盛親陣跡についても,細い山道を使って大軍を移動させるのは困難であるため,粗方少し上った所から麓にかけて布陣していたのではないか,と考えているそうです.


そこから林道を進んで連理の榊・長宗我部盛親陣跡・半兵衛閑居地へ.
余談ですが,前に連理の榊に訪れた際,来た道とは逆側に林道を見つけ,以来気になっていました.
今回上りはその林道を使うとのことで,内心とても喜んでいました.
菩提山の林道や明神湖周辺の林道を開拓してみたくてうずうずしていたので,その第一歩というか,勇気付けになった気がします.
やはり林道は山道と違って歩きやすいですね.
時間はかかりますが,ひたすら折り返しながら登るのが好きなんです.
道脇の楓も良く色付いていました.



道の途中で市杵島神社という,厳島神社と関係のある神社さんの手前まで来ましたが,今回はスルーしたので,今度一人で来ようと思っています.



そして連理の榊.
お久しぶりという感じです.
お話でへ~と思ったのは,「この榊の枝をカップルで絡ませると,その枝がくっついた頃に結婚できる」といういわれです.
榊はくっつきやすいというのも初めて知りました.
そんな木もあるんですね.
話が変わりますが,この周辺の木28本を来年の3月までに伐採するそうです.
そのとき辺りにまた来ますかね.
なお,写真右奥の穴は,清水寺の奥の院として,弘法信仰の関係で作られたようです.



そこから少し上へ進むと,土塁などの遺構の残る場所に出ます.
栗原城跡の一部で,牧田川合戦跡と言う方もいらっしゃるそうです.



少し下ると九十九坊跡に出ます.
前来た時は特に何も考えず,「元からこんな感じだったのかな」くらいしか思っていませんでした.
しかしお話では,「99あった寺の内,残ったのが清水寺.ここにある石仏は山中の物を集めたもの.」とのことで,驚きました.
ただその昔,まだ色々と緩かったころに,年号入りの墓や骨壺が持っていかれたり売られたりしてしまい,今あるものは年代が分からないそうです,



書き残しておきたいのはこんなところです.
また良さそうなフォーラムなりワークショップなりがあれば参加したいです.


それではまた.


以下は今回思う所のあったことをつらつらと書いています.
つまるところ愚痴です.
広告下の「つづきはこちら」よりどうぞ.


今回のワークショップで案内をしてくださったのは,観光協会の2名の方でした.
主として説明してくださった栗原の案内人さんは,観光協会に入会して1年とのことでしたが,説明が分かりづらいということもなく,時間配分や諸々のタイミングもしっかりしていらっしゃいました.
不満などは何一つありません.
しかしながら,もう一人の方のお話が非常に冗長で,後半は時間が押し押しでした.
主案内人さんをはじめ,観光協会の方などが「次に行くから」と言っても,なかなかキリがつかず…


私自身は,ワークショップやフォーラム,勉強会に対し,受動的に知識を得られる点を好んで参加しています.
しかも,案内してくださる方は,少なくとも自分よりもその物事の知識を多く持っていらっしゃる方ですので,お話を聞いていて,その内容が負の結果になることはまずありません.
しかし,話し方・伝え方といいますか,知識を淡々と伝えるのか,我を持って伝えるのか,そのバランスによっては受動的な知識習得というのも考え物だな,と感じたのが正直なところです.
趣旨から逸脱した話題は参加者の興味を引きませんし,関連したものであっても無暗やたらに話を引き延ばすようなことになると,怠く感じるだけです.
かといって,趣旨に対する持論や所感をくどくどと述べられても,「貴方の持論を聞きに来たのではない」となります.
その点,学術的な範囲の方の説明は,分かりやすく,かつ,もっとずっとさっぱりと感じるのです.
やはり,「私はこう思う,こう考える」の伝え方が抜きん出ている人が多いように感じます.
いい意味でドライというか.
鍛えられているんでしょうね.
ですから,結局は専門家のフォーラム・勉強会などに安心感を覚えるわけです.
私が何か説明する立場になったら散々だと思いますが,参加者として感じたことを純粋に書いたまでです.

まあ,「半兵衛の妻の『ちさ』」って言われた瞬間に,あっ…(察し)の境地になってしまったのが今回一番残念でしたかね…
なにはともあれ,また良さそうなイベントがあれば行くような気がしますが.
今日はこれにて.
長々とお付き合いいただき,ありがとうございました.


それではまた.
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